鶴見河海豹騒動見聞記
(つるみがわあざらしそうどうみききのしるし)
8月26日、二日前の鶴見川バリケン島の草刈りでくたびれたのか、夏風邪で寝込んでしまった私は、「タマちゃん」と名付けられたアゴヒゲアザラシが鶴見川に、しかも二日前に私たちが草刈りをした場所付近に現れたというテレビ報道を観ていました。TRネットの岸由二さん(慶応大学)から「タマちゃんへの対応を検討するため、TRネット内にアゴヒゲアザラプロジェクトを立ち上げたいので、参加して、文献調査を分担して下さい」という旨の電子メールを頂戴したからです。軽い気持ちでお引き受けしたのでしたが、考えてみれば、私もアザラシなんて動物園や水族館でしか見たことがありませんでした。それでも、海外の文献を入手したり、インターネット上のWWWを取材しながら、何が役に立つ情報でも得られればと思い調べ始めたのです。
便利だったのは、国立科学博物館が作っている海洋動物の座礁や迷入のデータベースでした。調べるにつれて、アザラシの河川迷入は実はメディアが大騒ぎするほど珍しくはないのではないかという疑問が沸いてきました。タマちゃんと同じ種類であるアゴヒゲアザラシでは、つい1年前には木曽川や三河湾の貯木場に半年も居着いた個体がいましたが、その時は、今回ほどには大騒ぎにはなりませんでした。その後も、種類は違いますが、昨年9月19日にも宮城県歌津町の伊里前川にはワモンアザラシの子供が現れて、ウタちゃんと名付けられましたし、新潟県聖篭町の加治川河口付近でも、昨年末から今年にかけてゴマフアザラシが現れてニュースになっています。つまり、これまで騒ぎになっていなかっただけで、実は、川へ入り込むアザラシは珍しくないようなのです。むしろ、深く潜らなくても魚介類が獲られる上に、横になって休める岸辺も近い川の中は、アザラシにとっては素敵な場所なのかもしれません。異常さを強調する報道とは逆に、実は川とアザラシとは相性の良いものなのです。
一方、鶴見川が過度に汚い川と強調して報道されたことについては、以前に岸さんが詳しく書いていらっしゃるとおりです。様々な生物でにぎわう鶴見川であれば、むしろこれまでアザラシがやってこなかったことの方が不思議なのかも知れません。
しかし、「川が汚い」「アザラシが珍しい」ということを強調する報道は、「珍しい動物がかわいそうな目に遭っている」というイメージを強めて、ニュースとしては価値を上げていたともいえます。なんだか、タマちゃん人気を高めるために、鶴見川が「悪役」にされてしまったようです。
調べていて気づいたことをもう一つ。タマちゃんファンに怒られるかも知れませんが、アザラシは可愛いだけではなく、危険な面も持っています。噛む力はイヌよりも強いですし、人間に移る病気を持っている場合があります。不用意に近づかないようにするのは、お互いのためでもあるのです。海外の野生生物保護当局ではそうした注意を喚起する宣伝もなされています。タマちゃん報道では、「かわいい」「かわいそう」という報道が先行したためか、そういうことには関心は向かいませんでした。
このように、珍客とはいえ、アザラシは川に付き物の動物なのです。時に訪れる珍客も、過度に「かわいそう」な役や「悪役」にしない、そんな上手なつきあい方を都市河川の野生動物と築いていきたいものだと思いました。
堂前雅史(和光大学)
TRネット通信Vol.9 (2003.2.10) 掲載より